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paper sky

趣味で図画工作をするじむいんのweblogです。

空気アレルギー

顔のすこしまえほっぺたの当たるか当たらないかのところでずーっと鳥の羽をさわさわされてる感じ

 

の、ようにそわそわしている。夜中だからか

理由も無くいらいらしたりそわそわする時あるでしょう。世の中の全ては原因と結果があるのだから本当は理由があるのだけど、理由が見つけられない時がある。漫画『あたしんち』で、ユズが、何だかばくぜんと寂しくなるな…と思っていたらご飯を食べたら収まったので、あれは「お腹がすいてた」んだと後から分かった、という話があったけど(うろ覚えだから多分違うけどふんいきはこんな感じ!)、「理由が見つかった」と思うときの理由はいつも、元々知ってる手持ちの言葉のパターンだ。手札の中に見つからない時は、理由が無いのだとか、ぼんやりした不安だとか言うしか無い。それでも「この手札の中には理由は無い」ことだけはいつもはっきりわかる。違和感はいつだって精緻だから。

 

理由は無い、無いんだけれど、全く言葉に置き換えないと不安になったり人に話す時に不便になったりする。だから例えばいま、そわそわしてるだけのことだって「夜中だから」とか、「うーん、花粉症だから?」とか説明したりはする。だけどその時は、理由は本当はそうじゃないんじゃないかなと思いながら説明している。夜中じゃなくなってもそわそわするかもしれない。花粉症じゃないときでも。

 

言葉で説明して、なぜか「説明した」って気持ちになると思考停止することができる。思考停止は言葉のすばらしい機能のひとつだけれど、(だって思考停止して前提を決めないと何も考えることもできやしない)思考停止したその一個深いところにあるものはどうしてもみえにくくなる。

そうして、思考停止して安定を手に入れられると思っていたのに全然そうならないこともある。一位をとれば満足できると思っていたけどそうじゃなかったので、不満足なのは一位じゃないせいではなかった。学歴をとれば幸せになれると思っていたけどー以下略ー、(この話すると深淵がこっち見始める…!、)簡単に理由をつけても否定されることはよくある。

 

いまのそわそわだって夜中も花粉症も否定されうる。もしかしたら全然違う物質のアレルギーなのかもしれない。思いもよらない物質かもしれない。それは空気かもしれない。

でもほんとうは思いもよらないものは思い至ることはできないのだ。空気アレルギーには一生気づかない。

 

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