名前
お部屋の中。わたしのお部屋には沢山のものがある。ああ、こんなに集めちゃって。これは初めて買った本。これは亡くなったおばあちゃんにもらったブローチ。お洋服、鞄、置物、ぬいぐるみ。部屋はわたしの物語のインデックスだ。わたしだけの大切な物語。わたしだけが大切ながらくた。
昨年まで、ちょっと病気をして、毎日沢山の薬を飲んでいた。ときどきうまく動けない。ときどき記憶が無くなる。たいした症状ではなかったのだけど、それでもわたしには衝撃だった。「にんげんは長く生きると動けなくなるようにできているのだ」。いっぱい勉強をして知識を増やして、考えて行動をして知恵を増やして。小さい頃は頑張ればなんにでもなれると思っていたし、そう教わってきたのに、これからはできなくなることを覚えなきゃいけない。手放していくことを覚えなきゃいけない。
お部屋の中、ひとりでぼうっとしていたとき、沢山のものに囲まれて、でもいつかはこの中の全てのものとお別れしなきゃいけないのだ、と思った。全ての物語とお別れしなければいけない。うまく想像ができない。でも、身を切られるように寂しい。
「大切なものを手放すとき、身を切られるように辛いのはどうしてだろう。思い入れるからなんだけど、思い入れという言葉では足りなくて」
「うーん、自分が持っているモノは、もしかしたらただのモノじゃなくて、自分を拡張しているのかもしれないね」
「拡張… たとえば幼稚園のとき持ち物に名前をかいたみたいに?これは自分の、って名前を書いていくと、自分の一部のように感じられるようになるってこと?」
「そんな感じ。だからモノを手放すときは自分と別れるのだから、切られるような思いがするんだと思うよ。」
わたしはいつか、目に見える全てのものとお別れしなくちゃいけない。これはほんとうに忘れられやすいことだけど、私たちが手に入れた全てのものは失われることが決まっている。死は決まっているのだ。
わたしの
宝物も
肉体も
思い出も
信念も
意識も
あの世には持っていくことが出来ない。
わたしはそのことを、いつも忘れる。